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対談:さかさま不動産

貸す人と借りる人、それぞれの想いに寄り添い健全な関係性を築くことで、地域や人に新しい価値を生み出す「さかさま不動産」。ローンチから2 年を経たいま、多方面から大きな関心と期待が寄せられ始めている。

この仕組みの本質的な役割は、単なる空き家問題の解決だけにとどまらない。大家側が発信する物件情報を借り手が選ぶというこれまでの当たり前をひっくり返し、まさに逆転の発想で大家と借り手をマッチング。それによって顕在化した新しい価値観。そんな画期的でユニークなアイデアはどのようにして生まれたのか。

さらに、報酬型ではないサービスを持続させていくモチベーションや今後の展望などについて、さかさま不動産を立ち上げ、運営を行う株式会社On-Co 代表の二人に聞いた。

聞き手:谷 亜由子


「さかさま不動産」の仕組みは、シンプルながらこれまでにはなかった新しいアイデアですが、この発想はいつ、どうやって生まれたのですか。

水谷:初めから不動産のサービスを作ろうと思ってできたものではないんですよ。以前、名古屋駅の近くで古民家を借りて自分たちで改修してシェアハウスや飲食店を何軒かやっていたことがあって。僕らにとっての原体験とも言えるその活動がきっかけになっています。

当時、いわゆる普通の不動産屋サイトとかを使わず、近所の人たちに直接「どこか空いてる物件ありませんか?」って聞いて回って、自由に使わせてもらえそうな家を探していました。不動産サイトにも載っていない、まちに埋もれてるような物件を発掘して、自分たちの手で好きなように直して暮らす、そのプロセスがとにかくすごく楽しかったんです。

賃貸物件でも好きなように直して使うことができれば、いろんなチャレンジができそうですね。

水谷:そうなんですよ。でも従来の借り方だとそこまで自由にさせてもらうってなかなか難しいかもしれません。もちろん僕らだって、手を加える前には相談をして許可をもらっていました。でも基本的には大家さんが、今後は人に貸すつもりがなく、あとは取り壊されるのを待つだけみたいな物件が多かった。やっぱり、自分で直接お願いに行き、最初に自己紹介をして貸していただくという特殊な方法だったのでできたんだろうなと思います。

結局、全部で8軒くらいやっていたのかな。そのうち僕らのやってることに興味を持ってくれる人が少しずつ増えてきて、いろいろ相談を受けるようになっていくんですよ。不動産屋さんにも頼めなくて困っている大家さんと、何かにチャレンジしたいと思っている人たち、そこを繋げるきっかけが作れないだろうかと思うようになったのはそういう流れからですね。

今のようなマッチングサービスとして形ができるまでにはどんな経緯があったのですか。

水谷:恭兵(藤田)とは一緒にいろいろ考えたし、たくさん話し合ったよね。

藤田:そうでしたね。僕も2014 年頃に岳さん(水谷)と出会って、一緒に面白いことをやっていくなかでいろいろな想いが蓄積されていて、それを何かの形にできたらという気持ちがありました。

水谷:まだお互いにぼんやりとした概念のようなものしかなかった頃、二人である講演会を聴きに行ったことがあって。講演後、登壇された人と「僕らって、誰かがすでに挙げてくれている情報を取りにいく側にばかりいるけど、それをさかさまにしたらもっと面白いことができるかもしれないね…」みたいなことを雑談していて、ふと閃いたんです。

藤田:その頃、僕らの活動を見た人たちから「どうやって物件を探したんですか?」とか、「僕らもやりたいんですけど」みたいな相談もたくさん来るようになっていたので、〝さかさま〟という言葉に出会ったときに「あ、これかも!」って。やっとお互いの中にあった概念を言語化できたような瞬間でしたね。
水谷:何かにチャレンジしたいって人がこんなにいるのに、一方では使い道のない空き家がいっぱい余ってて社会問題にもなってる。これって不思議だよねってずっと疑問に思ってたのもあったね。先に「さかさま不動産」って名前が浮かんで、もしかしてこのやり方なら僕たちにも何かできるかもしれないって思った。しかも、当時まだ誰もやってなかった。そこも面白そうだなって。

藤田:うん。誰もやってなかったから、「僕らって天才だ!」って思っちゃった(笑)

当時、相談をしてくれていた人たちにはそれをどんなふうに伝えていったんですか?

藤田:「まずは大家さんを直接訪ねて挨拶してみよう」とか「まちを歩いているおじいちゃんやおばあちゃんに話しかけて聞いてみたらいいよ」ってアドバイスしました。でも実際にはみんなそれができないんですよね。
水谷:うん。確かにそうだったね。
藤田:はじめに大家さんとの関係性をつくるところを大事にしながらやってきた僕らは、だから上手くいくんだってことを実体験の中でわかっていた。けど普通に考えたら、自分から直接聞きに行くってそんなに簡単ではないんです。だったら最初のハードルになるそこのところをシステム化して、誰もが大家さんとの繋がりをつくれるようにできないかなって。

知らない人に話しかけることがネックになってしまうのはもったいないと。

藤田:そうなんですよ。実は僕も、初めはそのやり方にびっくりしました。全然知らない人の家の玄関をノックして「物件探してるんですけど〜」って聞いちゃうわけですよ。「こんなふうにいきなり聞いちゃってもいいんだ!」っていうのは衝撃でしたもん。けど同時にきちんと自己紹介すれば話を聞いてもらえるということも知って、それにも驚きました。僕だって初めから一人ではできなかったと思います。
水谷:恭兵は先に僕らが始めてたところに途中で入ってきたからね。
藤田:うん。それ以上に僕が一番印象的だったのは、大家さんに家賃を渡しに行った時に「ありがとう。これお返しね」って、家賃以上の金額の商品券をいただいたこと。家賃を払ってお釣りが来ちゃうって、もうびっくりですよ。「いやいや、いただけません」ってお断りしても受け取ってくれない。

それどころか「君たちが来てくれたおかげでこの地域がすごく明るくなったし、防犯的にも助かってる。ありがとう」なんてお礼を言っていただいて。驚いたけど本当に嬉しかった。こういう関係をつくっていくってすごく大事なことなのかもしれないなって感じました。

水谷:人と人との関係性を大切にすることで、思いもよらないようなことがいろいろ起きるよね。
藤田:単に物件と借り手とをマッチングするだけじゃなく、最初に自己紹介をして良い関係性をつくるところから始めるのが大事なんですよね。そんな僕らの実体験があったからこそ、もっと多くの人たちのために、このやり方を広げていける仕組みを作るのが使命なのでは、と思えるようになっていきました。
水谷:僕らも基本的には、大家さんと借りる人との関係はお金で成り立っているものだと思っています。でも決してそれだけではない。お世話になっている大家さんのために、自分たちにできることがあれば日頃から積極的に関わるようにもしてきました。僕の場合は庭師の経験があるので、大家さん家の庭の木がボサボサになってたら「伐りましょうか?」って言って気軽にやってあげたり。そうしているといつしか、お互いに良い信頼関係が築けると思うんです。僕らが何よりも大切にしたいのはそこなんですよね。

ローンチから2 年が過ぎ、マッチング事例も増えてますます注目もされるようになりましたが、人と人との関係性づくりを大事にするというスタンスは一貫して変わらないですね。当初は想像もしていなかったような展開などもいろいろありそうです。

水谷:ありがたいですね。いま振り返ると古賀さんの時(TOUTENBOOKSTORE)はマジでびっくりしたんですよ。「本当にマッチングできるんだ!」ってことに(笑)できるわけないと思ってたわけじゃないんですが、一番最初の案件だし、さかさま不動産なんて誰も知らないじゃないですか。でも僕らがもっとも大切にしたかったのは借り手の自己紹介だったので、” やりたい想い” の資料作りを頑張らなくちゃと、そこにばかり力を注いでたんです。そうしたら、まだ準備しているところなのにすぐ連絡が来て。当たるといいなと思いながら宝くじを買って、まさかと思ってたら本当に当たった!みたいな感じでしたよ。
藤田:僕も印象的な出来事はたくさんありますけど、やっぱりダビくんが借りてくれた瀬戸の物件には特別な想いがありますね。ただお店を出すだけでなく、そこから新しい事業を作ったり、瀬戸の商店街を盛り上げていくリーダーになってもらえたらと期待していたのが、予想を超えるスピードでどんどん実現している。その裏で、僕自身も含めて、まちを想うたくさんの人の気持ちも同時に引き継がれているんですよね。大きな意味のあるマッチングだったなと思います。

関心や期待もたくさん寄せられるようになったいま、さかさま不動産の今後の展開についてはどう考えていますか。

水谷:最近では、地域をどうにかして面白くしたいと考えている人たちからの問い合わせがすごく多くなりました。僕らの目指すことを理解してもらえているってことだし、そこに刺さったのが嬉しいですね。さかさま不動産と名乗ってはいるけど、本質は不動産業じゃなく、借りたい人と貸したい人とが良い形で出会うこと。そのきっかけを作るのが僕らの仕事だから。そういう意味でいうと、不動産そのものはあまり重要ではないし、まったく別のものだっていいわけです。不動産のマッチングを入り口にするから、いろんな人の〝夢〟を聞くことができる。いきなりそうやって僕らのように夢を聞いてくれる人が全国にたくさんいる状況を作れたらいいですよね。そう思うと、さかさま不動産がこれからどうなっていくのかを一番楽しみにしているのは僕たち自身なんじゃないかって気がします。

報酬型ではないサービスのスタイルを今後も続けていくモチベーションはどこにあるのでしょうか。

水谷:確かにやり方だけ聞いたらそこは気になりますよね。そもそも僕らにとってビジネスというもの自体、概念や考え方を表現するための手段に過ぎないのかもしれない。だから、さかさま不動産をやめる時が来るとしたら、さかさま不動産〝的〟な貸し借りの形が特別なものでなく、スタンダードになった時なんじゃないかなと思っています。

さかさま不動産の考え方が、世の中にいくつもある当たり前の選択肢の一つになるということですね。

水谷:そう。そうなればさかさま不動産は必要ではなくなると思うんです。自らやめるというより、この仕組みが広がって僕らの役割も自然に終わるのが理想。どうやって続けるかよりも、そうなったならいつやめてもいいという感じですね。けれどまだ全然そこにたどり着いていないし、認知度も低いので、「まだまだ頑張らないとな」と思っています。

藤田:僕も無駄に長く続けていこうとは思っていません。大家さんと借主さんとが良い関係でいられること、そして空き家を使って若い世代の人たちがどんどんやりたいことに挑戦することができるようになっていくといいなって思います。大家さん、そして地域の人たちとの良い関係をつくることで、僕自身の人生も豊かになり、幸せを感じた経験があるから世の中に当たり前の概念としてもっと広がっていってほしい。その時、さかさま不動産も消えてなくなればいいのかなって。

水谷:「自分で選ぶ」ことと「相手に選ばれる」ことって、そもそもベクトルが全然違うと思うんですよね。「選ばれる」というところにすごく価値がある。「選んでくださってありがとう」っていう感謝から関係性を始められるって大事。人の感情や気持ちの部分は、ローカルだろうと都会だろうと同じなんだってこともさかさま不動産をやってみて気づきました。この概念がもっと社会に浸透して、それが当たり前になるところまでいったらきっと面白くなるでしょうね。


藤田 恭兵

On-Co 共同創業者
1992 年生まれ 愛知県大口町出身
モラトリアム原体験から、大学時代に新社会人向けの教育コンテンツとコミュニティの運営会社を設立。インターン開発を進める中、集まれる場の必要性を感じ、2015 年に空き家を活用したシェアハウスを立ち上げ。その後水谷と運営体制を統合し2019 年にOn-Co を設立。これまでさかさま不動産・ソイソースマンション・madanasaso・上回転研究所などを立ち上げてきた。コミュニティを混ぜ合わせて発展させることが未来をつくると信じている。

水谷 岳史

On-Co 共同創業者
1988 年生まれ 三重県桑名市出身
高校時代から商店街活性化や飲食・音楽などのイベント企画に携わってきた。家業である造園業にてデザインや施工、設計管理スキルを習得。空き家を活用したシェアハウスや飲食店を数軒運営する中でライフデザインやコミュニティ形成に取り組んだ。最近では都市部と過疎地(山村・漁村)の特徴を捉え、関わる人の主体性を上げる企画を数々と創出。メディアや行政の注目を集めるなか、誰もが自由に挑戦と失敗ができる社会を目指して実証実験を続けている。

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